2018年02月25日

名城大卒制講評会

名城大の卒制講評会、今年で3回目の参加。
最近は卒制にコメントするのに飽きてきたという声も聞こえ、何となくよくわかるが、当事者にとっては一生に一度のことなので、一方的な思いであってもできるだけ伝えたいと思う。

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31.fujigaoka building(非常勤だけで選ぶアーキテクト賞):
既存の公営住宅の周りを囲むように積層した人工地盤をつくり、そこに新たな住宅をつくることで、あんこと皮がネガポジ反転される計画。既存の取り壊しや新築は50年という歳月をかけて行われる。同じ住民が移り住むということから、自分の住まいがどのようにつくられ壊されるかが可視化されることで、ブラックボックスとなっている既製品に対する批評性や、時間をかけてつくる職人の苦労に対する理解が生まれるのではないかと評価した。騒音や光環境の問題もあるが、人工地盤が強く、その上に載っている住宅に集まって住むことの建築的工夫が足りないことが気になった。

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37.みんぱくレシピ(2位):
急速に普及しつつある民泊に対応すべく、その改修手法を部位や手法ごとにレシピ化したもの。モクチンレシピや空き家再生データバンクのような既視感はあるものの、調査の密度やレシピに階層性を持たせ体系的にまとめてある点を評価した。単体の住宅だけではなく、街として統一感のある景観を生み出している。しかしながら、できたものにどういう建築的新しさがあるのか読みきれなかった。

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4.町に咲く産業の塔(1位):
負の遺産となっている亜炭鉱跡を醸造所として再生させ観光資源とする計画。大谷石採掘場跡のような粗野な地下空間の力強さには誰もが引き寄せられる敷地勝ちの作品。新たに挿入するプログラムも一定の温度が求められる醸造所とすることは理にかなっているし、地面の一部を切り開いて、地上から覗ける点も潔い批評性がある。とは言え、タイトルにもなっている換気塔が恣意的なノスタルジックなデザインで、数種類あるがそこに共通性はなく、地下の補強方法も安易に感じられてしまった。

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1.タチギカラケンチク(奨励賞):
森の再生や町おこしのために祭りの拝所をつくる計画で、実際に1/1でモックアップを制作。年にひとつあるかないかの1/1の卒制には、いつもその存在感やそのエネルギーに圧倒される。しかし、1/1だけに拙さも見えてきてしまう。屋根や壁のつくり方には工夫があるが、手で押してグラグラしてしまうほど、それらが構造的に効いていないことが残念。しっかりとした軸組にペラペラした膜的要素を紐で結ぶのではなく、面剛性を持たせたり、モノコックにつくる方法もあったのでは。そして、1/1でつくられてしまうと計画の可否を問うことを忘れてしまう。

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34.高架劇場群(3位):
若宮大通の高架下に複数のアングラ劇場を線的につくる計画。高架下を敷地とする卒制は昔からあるオーソドックスなものであるが、既存の地下駐車場まで利用し、フットサル場なども残した点など、デザインのうまさは素直に評価すべき。しかし、アングラのような反体制的なものが、用意された舞台をそのまま使って整然と並ぶさまには違和感があり、アングラさえも飼いならされている現代とまで言ってくれればアイロニーを感じたかもしれない。

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10.無宗教の肖像(奨励賞):
これも昔から卒制には(卒制にしかないとも)一定数ある私小説的作品。卒制は必ずしも社会的な問題を解決するようなものでなくてもいいと思うが、共感できるようなストーリーの完成度や魅力がないとついていけない。ただ、この作品はそのストーリーの不明瞭さを補うようなドローイングの迫力や誤読できそうなプランがあった。模型が間に合わず、トレペのままだったあの魅力的なプランに集住だったり、美術館だったりを当てはめた方が僕は面白いと思う。

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今年はユーザー、設計者、施工者の境界を揺るがすような作品(31,37,1)が気になった。時代の流れもあるが、個人的にも、設計に参画する施主が増えたのに対し、施工のことをまだまだ理解しきれていない自分にもどかしさを感じているので、自分の問題として考えさせられた。
ただ、どれが諸江賞とか言いません。実施コンペでもなく、要件も全く違う卒制に順位付けする意味が強く感じられなくなってきたし、だいたい何様って感じだし笑。

そんなことより、多くの作品には敬意を表したい。これだけの物量を仕上げるにはどれだけのエネルギーや人員と時間がかかっているのか、プロや経験者であればよくわかるはず。経験者であるからこそ辛口コメントになることもあるが、翻って講評者が普段携わっているすべてのプロジェクトで毎回ここまでのプレゼンをしているかと問われるとどうだろうか。たまにある大きいプロジェクトやコンペでは負けないぐらいものをつくるけど、小住宅のプレゼンはあっさりつくることもよくある。もちろんプレゼン前の多くのスタディやプレゼン後の仕事が莫大にあるけれども。講評者は自分の代表作か卒制のシートでも首からぶら下げて、自分はこれだけやったけどお前はどうだ、というぐらいの緊張関係をもって挑まなければならない。

もうひとつ卒制講評会に感じる問題点は時間の短さ。名城大はとても段取り良く進めて頂けるし、それなりの時間はかかるので終わると心地よい疲労感はあるが、作品をきちんと読み取るには時間が足りなすぎる。あれだけのエネルギーをかけたものに対して、数分の発表とコメントでいいのか、読み切れていない部分がないのかいつも不安に思う。(ただ、読み取れてなくても順番はあまり変わらないのだけど)。会議は別日にして、午前から始めてもいい。

名城大は非常勤もフェアに扱って頂き、審査形式もだいぶ洗練されていて、お世辞ではなく東海圏ではかなりいい卒制講評会だと思う。だからこそ、あえて改善点を言わせて頂くと、投票回数が多く、投票タイミングが早いと思う。限られた時間内で順位を決めるにはこの方法がベストとは思われるが、順位を決めることよりも作者も交えてもっと議論ができるといい。話題になった作品は模型か図面を前に持ってきて見ながら議論したい(そう言えば、今年は模型やCG、ダイアグラムは良くても、図面がしっかりした作品が少なかった)。投開票→議論→再投票だと、投票結果があまり変わらない場合が多いと思う。他の審査でも同様だが、今回もそうではないだろうか。講評者は自信とプライドがあるから、一度投票したものを他者の講評を聞いて翻すということはなかなかやらない気がする。例えば、初回投票ではある投票数以上のものに絞るが、数や投票者名はブラインドのままにし、まずはしっかり議論をして、議論し尽くしてからオープンな投票というのもあり得るのではないだろうか。

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1回目投票

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2回目投票

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3回目投票

いろいろ言いましたが、とても楽しめました。みなさん、おつかれさまでした。毎回すべるこの名言で締めたいと思います。
「俺たちもう終わっちゃったのかな」
「バカ野郎! まだ始まっちゃいねーよ」
posted by moroe at 19:59| Comment(0) | 日記

2018年02月24日

「LT城西2」建築学会東海賞受賞レクチャーの質疑

LT城西2の共同設計者である鈴木くんが建築学会東海賞を受賞しました!
東海賞は40歳未満の個人が対象で、僕は数年前に頂いているので、今回は彼だけの受賞です。

http://tokai.aij.or.jp/pasttokaiprize.html

先日、東海賞のレクチャーがあり、受賞したLT城西2についていくつか質疑がありました。
僕は受賞者ではないので回答しませんでしたが、僕なりの回答をしたいと思います。

愛工大安井先生「これまでシェアハウスには否定的だったが、実際に設計をしてみて可能性を感じるのか、今後も広がると思うか」

実際の入退去の様子を見ていると入居期間が短く、建物内あるいはLT1と2で部屋を移動するなどフットワークの良さが他の住宅施設にはない特徴です。
家具家電が備え付けられているので、転勤時の一時住まいや、実家とは別の職場に近いセカンドハウスとして使えることが理由の1つです。
しかし、それだけではなく、人生のターニングポイントにおけるチューニング装置として働くのではないかと考えています。
長期間半永住的に住むというのはイメージしづらく、就職や転職、結婚前、離婚後(の方もいるそうです)など生活環境が変わるときに、家族住まいから単身者へ移るときの中間的なものを経たいとか、あるいは濃すぎる家族や冷めた家族を見直すために緩やかな他人同士の関係を経験したいというような意味合いもあるのではないでしょうか。
そういう面では今後も十分需要があるのではないかと思います。


名工大伊藤先生「サブホールや少人数のための居場所は実際に活用されているのか」

一緒に住んで調査しているわけではないのでわからないというのが正直なところですが、ときどき行くと置かれているものが多少変化しているので、使われていると思います。
とは言え、リビングやダイニングに比べると使用頻度は少ないでしょう。
僕はそういったスペースが、例えばブリューゲルの子供の遊戯のように同時多発的に使われるというよりも、逃げ場として用意されていることが重要なのではないかと思います。
他者を感じたくて共用部に出たけれど、意外と人が多かったり、苦手な人がいたりしたときに、部屋に戻るのも変だし、廊下に突っ立っているわけにも行かないし、みたいなこともあると思います。
心理的な効果は高いのではないかと考えています。


全く別の質問でしたが、共通して答えられるのは「逃げ場」としてのシェアハウスかなと思いました。
現場用語でも「逃げ」があることで、融通が効き、工事が円滑に進みます。
窮屈な現代社会において、慣習的な家族の形式にとらわれない人たちの受け皿としてシェアハウスが機能するのではないでしょうか。
お二人の先生、考えさせられる質問をありがとうございました。
posted by moroe at 15:21| Comment(0) | 日記

2018年02月07日

「住まいの環境デザインアワード」シンポジウム

住まいの環境デザインアワードの表彰式、プレゼン、シンポジウムに参加してきました。

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私たちの「庭のあるシェアハウス(LT城西2)」を一次の書類審査で評価して頂いたのは千葉さんだったようで、二次の現地審査をして頂いた川島さんと宿谷先生にはいい意味で書類とのギャップを感じたと言って頂けました。
メモ書きをまとめたものなので間違いがあるかもしれませんが、審査員方のコメントは以下のような感じでした。

書類では周辺から浮いていると感じたが、現地を見ると街と馴染み、道に対する窓は小さくても街に開いていた(川島さん)。社会インフラとして定着しつつあるシェアハウス(千葉さん)において、決してネアカではない普通の人も住めそうで(川島さん)、これまで世代間ギャップを感じていたシェアハウスの見方が変わり、私でも住めそうで(宿谷先生)、逃げられる距離感や戸建て住宅にはないスケール感があり(川島さん)、視線が見え隠れし(宿谷先生)、場所の多様性(川島さん)がある。表面積は多いが断熱性能の良さを活かし、屋根断熱もしっかり取ってあるので、温度ムラやコールドドラフトもなく、ハイサイド窓による換気も効果的で(宿谷先生)、当たり前の環境性能をきちんと満たしている(川島さん)。住宅や集合住宅といったカテゴリを超えた空間の質がある(千葉さん)。

一応グランプリなのでいいことしか言っていただけませんでしたが、実際の審査は議論が白熱したそうです。その議論の中心は中川エリカさんの桃山ハウスだったと思われます。
桃山ハウスは、海の景色にだけ開くといった価値の押し付けではなく(川島さん)、普通の街にある雑多な魅力を取り込んでデザインするという新しいアプローチで、広い意味で環境を捉えている(千葉さん)。ピーエスの輻射暖房があるものの、単板ガラスや熱負荷の最も大きい屋根断熱が薄いことが気になる(宿谷先生)。住まい方は都心との二拠点ということを考慮すれば熱環境はそれほど問題ではなく、この賞が「住まいの」環境デザインアワードという名前であれば、住環境の評価が重要(川島さん)。というようなコメントでした。

全体のまとめとしては、近隣やエネルギーといったさまざまな次元での他者への気づき(千葉さん)や、身の回りから地球規模でのコンテクストの思考(川島さん)が重要というのも印象的でした。

賞はテーマと審査員によって結果は大きく変わります。今回の賞が「住まい」の「環境」デザインアワードだったので、私たちは周辺環境、住環境、熱環境をうまく評価して頂きましたが、評価基準が違えば優秀賞の作品群には歯が立たなかったように思います(藤井さんも中川さんもとてもプレゼンがうまかった)。たまたま運良く頂いたタイトルよりも、他の受賞者も含めたコメントの内容がとても重要で本当に勉強になりました。
posted by moroe at 19:34| Comment(0) | 日記