2018年02月07日

「住まいの環境デザインアワード」シンポジウム

住まいの環境デザインアワードの表彰式、プレゼン、シンポジウムに参加してきました。

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私たちの「庭のあるシェアハウス(LT城西2)」を一次の書類審査で評価して頂いたのは千葉さんだったようで、二次の現地審査をして頂いた川島さんと宿谷先生にはいい意味で書類とのギャップを感じたと言って頂けました。
メモ書きをまとめたものなので間違いがあるかもしれませんが、審査員方のコメントは以下のような感じでした。

書類では周辺から浮いていると感じたが、現地を見ると街と馴染み、道に対する窓は小さくても街に開いていた(川島さん)。社会インフラとして定着しつつあるシェアハウス(千葉さん)において、決してネアカではない普通の人も住めそうで(川島さん)、これまで世代間ギャップを感じていたシェアハウスの見方が変わり、私でも住めそうで(宿谷先生)、逃げられる距離感や戸建て住宅にはないスケール感があり(川島さん)、視線が見え隠れし(宿谷先生)、場所の多様性(川島さん)がある。表面積は多いが断熱性能の良さを活かし、屋根断熱もしっかり取ってあるので、温度ムラやコールドドラフトもなく、ハイサイド窓による換気も効果的で(宿谷先生)、当たり前の環境性能をきちんと満たしている(川島さん)。住宅や集合住宅といったカテゴリを超えた空間の質がある(千葉さん)。

一応グランプリなのでいいことしか言っていただけませんでしたが、実際の審査は議論が白熱したそうです。その議論の中心は中川エリカさんの桃山ハウスだったと思われます。
桃山ハウスは、海の景色にだけ開くといった価値の押し付けではなく(川島さん)、普通の街にある雑多な魅力を取り込んでデザインするという新しいアプローチで、広い意味で環境を捉えている(千葉さん)。ピーエスの輻射暖房があるものの、単板ガラスや熱負荷の最も大きい屋根断熱が薄いことが気になる(宿谷先生)。住まい方は都心との二拠点ということを考慮すれば熱環境はそれほど問題ではなく、この賞が「住まいの」環境デザインアワードという名前であれば、住環境の評価が重要(川島さん)。というようなコメントでした。

全体のまとめとしては、近隣やエネルギーといったさまざまな次元での他者への気づき(千葉さん)や、身の回りから地球規模でのコンテクストの思考(川島さん)が重要というのも印象的でした。

賞はテーマと審査員によって結果は大きく変わります。今回の賞が「住まい」の「環境」デザインアワードだったので、私たちは周辺環境、住環境、熱環境をうまく評価して頂きましたが、評価基準が違えば優秀賞の作品群には歯が立たなかったように思います(藤井さんも中川さんもとてもプレゼンがうまかった)。たまたま運良く頂いたタイトルよりも、他の受賞者も含めたコメントの内容がとても重要で本当に勉強になりました。
posted by moroe at 19:34| Comment(0) | 日記

2018年01月13日

「住まいのインテリアコーディネーションコンテスト」特別審査員賞

「LT城西2」が「住まいのインテリアコーディネーションコンテスト」で特別審査員賞を受賞しました。
https://www.interior.or.jp/contest/coordination/prize_sokuho.html
posted by moroe at 14:27| Comment(0) | 日記

2017年12月31日

卒業設計に取り組む方へ。名大名市大住宅課題合同講評会のお蔵入りレポート

年末年始なんて関係なく卒業設計に取り組んでいる人にエールの意味も込めて、約1年前に行われた名大名市大住宅課題合同講評会のレポートをアップします。
ある冊子に載る予定でしたが、諸事情(内容ではありません)により、お蔵入りとなってしまったものです。

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 名大と名市大の住宅課題合同講評会は数年前から恒例となっているが、今年は双方の大学で取り組む学年や敷地を揃えて行われることになった。講評者も常勤非常勤講師だけではなく、東工大の安田先生や若手建築家の末光さんという豪華ゲストが招かれた。
 理論派チュミのもとで学ばれた安田先生やコンピューター解析を駆使した環境デザインに挑戦している末光さんだけあって、難解なコメントがされるのではと心配していた。しかし、実際は日当たりや眺望、プライバシーといった当たり前で、腑に落ちるコメントが多かったような気がする。もちろん学部二年生のレベルに合わせて頂いたということもあるだろうが、そもそも建築や住宅はそういった基本的要件を満たさずには成立しない。多種多様な条件を丁寧に解き続けた先に初めて見えるものがある。
 昨今の卒業設計イベントを見ているとそういったことを一旦括弧に入れて、前段のテーマやプログラムの新規さを競い、さらには設計者のキャラを問うようなショーになっている感が否めない。もちろん審査員方は括弧に入れたことの重要性はわかっているはずだが、イベントであるがゆえに盛り上げることを重視しているのだろう。僕も何度か審査員をしているが、やはり審査員同士の意見が対立するように自分の立ち位置を調整してしまう。審査する側はそうであっても、聞いている学生はそれを理解しているだろうか。特異なコンセプトを絞り出し、鮮やかなダイアグラムをつくることにウエイトを置いてしまってはいないだろうか。目を引く敷地やプログラムを見つけることに延々と時間をかけ、本来行うべき設計は締切直前に追われるように仕上げている人も多い。実務では敷地やプログラムを選ぶ機会などほとんどないのに、本末転倒である。(もちろん昨今はそういう提案を求められる機会が増えてきているのも確かではある。)
 そのような風潮があるなか、今回の課題は2つの点で批評的だった。
 ひとつは敷地が例年と比較するとかなり難易度が高かったことである。不整形で、高低差も一方向ではなくねじれており、周辺環境も商業と住宅地が入れ替わるような場所だった。2年生に対しては難しすぎるのではという声もあったが、みんな果敢に取り組み、多様な回答を生み出していた。例年はもう少し形式の強い案が、特に名市大において多かったように記憶しているが、今年はそこまで感じられなかった。簡単な敷地で鮮やかな回答を出されても格闘した痕跡が感じられない。アウトプットが多少整っていなくても(もちろん整っていた方がいいが)、敷地や基本的性能と正面から向き合うことが重要である。突飛なアイデアやキレ味のいい図式を見つけることよりも、例えば建物の配置、窓の大きさ、屋根勾配などを少しずつずらしながら検討することに時間を掛けて欲しい。そういった地味なスタディこそ低学年でやるべきで、企画や図式に逃げることを許さない敷地だった。
 もうひとつは窓という部位に焦点を当てたことである。窓は建築の内外をつなげつつわけるという意味でとても重要な要素であり、パブリックとプライバシーという社会的側面を語ることもできる。とてもいいアイテムだが、僕はそれよりもむしろ具体的な部位に着目させたことこそが重要だと思った。極端に言うとそれが屋根や柱でも良い。建築を構成する実際の要素に意識をもたせることで、ここでもコンセプトやダイアグラムに逃げることを防いでいた。
 そもそもコンセプトやダイアグラムが設計に先立ってあるというのは間違いである。設計をすることによって初めてコンセプトがリアリティをもって認識される。ハンナ・アレントを読み解いた山本理顕氏の言葉を借りれば「物化」である。コンセプトをウンウンと悩まないと設計できないのではなく、スタディを繰り返す中からぼんやりとした言葉が少しずつ明確になっていく。あるいは仮定のコンセプトをスタディすることによって成否を問い、その繰り返しによってのみ現出するものである。また山本氏が「リアリティというのは他者と共有しているという実感」と言うように、コンセプトは自分語りであってはならず、他者と共有するためにも客観的なスタディが必要なのである。
 そして、この合同講評会の最大の意義は自分の置かれている環境を相対化できることだ。学内で優秀だと思っていた人が他大学にはもっとできる人がいると感じられたり、その逆もあるかもしれない。また、教員に対しても学内では絶対的な立場で批評をする先生をもっと広い視野で見ると一意見にすぎないことがわかる。いずれにしても自らの中に他者性を持つことが重要だと実感できたのではないだろうか。
 このショー化されない合同講評会が今後も続けられることを期待したい。
posted by moroe at 19:18| Comment(0) | 日記